悪夢と記憶と、その入れ物としての体と。
暗がりの中で、誰かが胸の上に馬乗りになっている。
息苦しい。
誰か、は、男だ。
男は、父のようにも、兄のようにも、かつての客のようにも、知らない誰かのようにも、見える。
男は笑っていた。
笑いながら、興奮したサルめいた仕草で両手を叩き合わせている。
それから時々、仰向けになって動けないわたしに覆いかぶさフリをする。
ばぁっ! と、子どもを驚かすように。
それがとても怖くて、不快で、腹立たしい。
馬鹿にされているのだ。
体が動かない。
息が苦しい。
声も出ない。
胸の上に馬乗りになった男が笑って、その唾が顔に飛んでくる。
吐き気が込み上げて、腕に鳥肌が立った。
泥の中に沈んでいくようだ。
力を込めた腕が震えて、重い泥をかいて持ち上がった。
その瞬間に気が付く。
あ、これは夢だ。
もがいて振りかぶった腕が毛布を叩く、パタン、という音がして、目が覚めた。
真っ暗な部屋の中、カーテンの端が薄く白んでいる。
動悸がしていて、息が苦しい。
奥歯を強く噛みしめていて、顎と頭が痛い。
首も脚も強張っていて、足の裏で汗が冷えていた。
寝ぼけた手が毛布を打った音が、耳の裏によみがえる。
パタン、とも、ポソン、とも聞こえた、弱々しく、間抜けな音。
口の端に泡をためて笑っていた男の、茶化す仕草が残像のように暗がりに浮かんでくる。
ひどく惨めで、悔しく、そして悲しかった。
このまま微睡んで再び眠りに就くことは、もうできそうにない。
今日も起きて、今日も息をして、今日も止めることなく、今日の分の人生を生きなければいけない。
わたしに悪夢を見せる記憶とともに。パタン、と、毛布を打つしかできない、この非力な体で。
裸足のままベッドを降りると、床板の冷たさが骨まで沁みてくる。
部屋に忍び込む薄明りには、乾いた晴天の気配が混じっていた。
その薄明かりが晴天の気配であると、わたしはわたしの記憶によって類推する。
色の薄い空、冷たく冴えた空気、柔らかな日差しの欠片、温かい食べ物、いつかの流行歌、お気に入りのスヌードの肌触り、白い息の向こうにけぶる親しい誰かの顔、その他の、冬の、静かで穏やかな記憶。
今日も立って、今日も食事をして、今日もあきらめることなく、今日の分の人生を生きるしかない。
わたしに晴れた空を想起させる記憶とともに。その空の下に――今日もまだ、かろうじて――立つことができる、この唯一無二の体で。
今日もこの身を生かしてくれている静かな記憶を確かめるため、わたしはカーテンの端を掴む。
*