お人形遊びが好きな男達

「そろそろイッてほしいんだけど」

川崎駅そばのラブホテルでのことだ。ゴージャスな設えの部屋の巨大なベッドにアジの開きのように仰臥していたわたしは、自分の耳を疑った。

「え? なあに?」

ことさらに可愛らしい声を出して聞き返すと、断片的に聞き取ったらしい男が、

「ん? 気持ちいい?」

と、まるで恋人に向けるような甘ったるい声色を出した。気持ち悪かったので返事はしなかったが、最初の言葉が聞き間違いでないことは分かった。

 そろそろイッてほしいんだけど。

これは仕事だ。

わたしは片手の甲を口元にあてがい、悩ましげな鼻息を漏らして腰をくねらせてみせた。その姿はまるで男の指使いに感じ入って今にも絶頂しそうに見えたことだろう。もちろん実際には、痛みに歪む顔を隠していたのだけど。

男の指は乾いていて、指使いはばかげて直線的かつ、乱暴だった。膣に差し入れた人差し指を機械的に抜き差しし、粘膜をひっかき回し、爪が当たっていることにも無頓着だ。プレイ前に浴室でこっそり仕込んだ潤滑ゼリーはとっくに掻き出された後だった。

わたしは何度も、痛いからゆっくりねとか、優しくしてねと言った後で、もうあきらめており、いつ攻守を交代するか考え始めてようやく2分ほどが経ったばかりのタイミングだった。

 そろそろイッてほしいんだけど。

望み通り、わたしは息を荒げ、首を振り、太ももに力を込めて震わせて、絶頂したような演技をしてやった。そのまま息を喘がせていると、わたしの股座に座り込んでいた男が伸び上がってきて、真上から唇を重ねながら、

「気持ち良かった?」

と問うてくる。

これは、仕事だ。

ようやく解放された膣がヒリヒリしていた。腹の奥も痛かった。わたしは喉の奥で笑い声を転がして、うんと優しく、うんとエロく、「気持ち良かった」と答える。

男がそれを信じたかは定かでないが、唇の範囲を超えて顔を舐め回すような不快なキスの仕方で、彼の興奮が高まっているらしいことは分かった。

 そろそろイッてほしいんだけど。

なんて滑稽なんだろう。男を仰向けにさせてその上に馬乗りになりながら、わたしは考える。キスの続きを避けて、乳首や下半身を舐めておとなしくさせ、ペニスを口に含みながら、白けた気分で考える。

わたしが乾いた手で乱暴にペニスをしごき上げ、尿道を力任せに爪で抉り、カリ首の薄皮が裂けたところで、「そろそろ射精してほしいんだけど」と言ったら、この男はどんな反応をするだろう。無防備に晒されている柔らかな睾丸を握り潰して「気持ち良い?」と問いかけたら、どんな風に答えるだろう。

今すぐにそれを実行したい衝動を必死で抑える。唾液をこれでもかと分泌して、間違っても痛い思いをさせないよう、注意深くフェラチオを続行する。痛い思いはするのもさせるのも、嫌だった。

そうだ、痛いのは嫌だ。自分が痛いのも、相手に痛い思いをさせるのも。

だから男の体に触れる時はごくゆっくりと、体毛の感触をたしかめてから皮膚に手のひらをそっと置くようにしていた。爪やささくれが当たらないよう気を遣った。

フェラチオの時に唾液がたっぷり出るよう、待機中はできるだけ水をたくさん飲んでいた。

その体表を舐め回す時でさえ、舌の当たりが固いと痛いかもしれないから、力を抜くように工夫していた。

そしてそれらをしたうえで、男達の無遠慮で乱暴な指先を「もうちょっと優しくしてくれたら気持ち良いかも」などと言って受け入れる。クリトリスを舐め回される際に皮膚の薄い周辺の肌におろし金のような髭が当たることを我慢したりする。

痛いのは嫌だろうから、そして痛い思いをさせたらお金にならないから、工夫するわたしと、そんなことにはまるで無頓着な客。

これは仕事だ。わたしの仕事は痛みを耐えることだ。

頬張ったペニスを噛みちぎってやりたい衝動を堪え、わたしは男の性感を煽った。

 

無事に男が射精を遂げ、ふたりしてベッドに寝転がる。すっかり疲労し脱力したらしい男の邪魔にならない程度の頻度と声のトーンで、当たり障りのない話をする。テレビからはずっとAVが垂れ流されていた。四つん這いにさせられた女優の膣に、背後から男が指を突き入れ、ものすごい速さで動かしている。女優の苦悶の表情が見どころであるようにカメラがパンし、わたしはそれから目を逸らす。

画面に見入っていた男が不意に、

「ねえ、潮って吹いたことある?」

と言って身じろいだ。

その腕が油断していたわたしの下半身に伸びて 強い力で太ももを持ち上げ、その指がなんの準備もできていない膣の入り口に文字通り突き刺さった。

「痛い!」

無理やり侵入してくる指に引っ張られた膣口が引き攣れ、それにともなって小陰唇のヒダが裂けたようだ。鋭く強い痛みが局部に襲い掛かる。

思わず腰を引いて、男の手を払いのけていた。

「なんで? 気持ち良くないの?」

男はなぜか笑っていて、払いのけられた手で再度そこを触ろうとする。

「痛い。気持ち良くない」

「じゃあ潮は?」

じゃあ? じゃあってなんだ?

「吹かない。中をガシガシされても痛いだけだよ」

「ふーん。不感症?」

男はつまらなそうに腕を引っ込めたが、今度はわたしの乳房を鷲掴みにし、乳首をこね回しはじめた。

どこから何に何をどう答えて いいか分からなくなって、言葉に詰まる。

なぜこの男はこんなにも不満そうなのだろう。なぜ、おもちゃを取り上げられた子どものような態度をとるのだろう。

「潮吹きって、気持ち良いって聞いたけど」

臓器の開口部に指を突き立てられ、かき回されて、気持ち良いわけがない。

そんなことを、誰が言ったんだろう。さっきまで散々くり返した「優しく触って」というお願いは、一体なんだったんだろう。

男はわたしの乳首をこね潰しながら、AVに見入っている。まるでアニメに見入る幼児のようだ。

そうか。小さな子どもが、テレビで見たアニメのパンチやキックを、人形やおもちゃに向かって真似しようとするのと一緒なんだ。とっくに小さな子どもなんかではないくせに。一丁前に女を買ってその口の中に射精することはできるくせに。

その身勝手な幼稚さが、たまらなく憎かった。

「痛いからもう触らないで」

しつこく乳首を触り続ける手を外させて、ベッドの上で距離を取った。AVに夢中になっている男は、一瞬不満そうにこちらを見たが、わたしがもう愛想笑いをしていなかったので、何も言わずにテレビに戻っていった。

裂傷になったらしい局部がさっきとは比べ物にならないくらい痛かった。シャワーが沁みることは確実だ。あの痛みを思うと憂鬱なことこの上もなかった。この後の仕事はキャンセルしなければならないだろう。傷は感染症の原因になる。ひとに触らせるわけにはいかない。今日稼げるはずだった金は、みんなパァだ。

 

やっぱり、睾丸を握り潰してやればよかった。

 

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