クソ客のいる生活#001

「ねえ、入れていい?」

男の顔は弛緩していて、それでいておねだりが成功するかどうかの緊張感で、奇妙に歪んでいる。

「なんで?」

「だって…入れたいから。●ちゃんも、濡れてるし。入れたら気持ちいいよ?」

彼らの返答は、どれもこれも似通っている。

わたしはフェラチオを中断し、愛想笑いを維持して答えた。

「わたしは別に入れたくないかな」

言いながら、ローションのボトルを手に取る。

「なんで?いいじゃん。だめ?だめ?」

男は片手でわたしの手首を掴み、もう片方の手でわたしの陰部を探る。

「ほら、濡れてるじゃん。入れてもいいでしょ?一緒に気持ち良くなろう?」

それは膣に仕込んだ潤滑ゼリーだ。それに、実際に刺激によって分泌される体液だったとして、それが一体なんだというのだろう。

「あのさ、」

掴まれた手首が痛い。強引に指を差し込まれた膣も。

「店のルール破って好きでもない相手とセックスして、わたしになんかメリットある?」

それまで顔いっぱいに貼り付けていた微笑みを振り捨てて、真正面から男の顔を見据えた。

真昼の安ラブホテルの一室で、巨大なテレビ画面には部屋に入った時から途切れることなくアダルトビデオが流され続けている。

中年の男はだらしなく太った腹と水虫の足裏をクーラーの風に晒していて、昼食にうどんを食べてきたというしょうがとねぎの臭いがするキスは、吐き気がするほど不快だった。

いまだ期待を捨てきれないのか、男はニヤニヤ笑っている。わたしの膣に指を突っ込んで、時々思わせぶりに動かしながら。

やがて沈黙に耐えられなくなったらしく、わたしの顔から目を逸らし、潤滑ゼリーが乾き始めた膣から指を引き抜いた。

「じゃあ…素股してもらっていい?」

「ごめんね、本強してきたひとには素股できないから」

仰向けに寝転んだ男が大きなため息を吐いた。まるで不当な扱いを受けて、それを我慢してやってるとでもいわんばかりの不満顔で。

ローションを手に取り、萎え始めたペニスになすりつける。

ほんの数分前まで「どこでそんなエッチな手つき覚えたの?すぐいっちゃいそうだよ」と大絶賛を受けていた手技を使いながら、わたしは次に男が言うセリフを予想していた。

やがてすっかり萎えきった男が寝返りを打ちながら言う。

「今日もういいや。シャワーしてきていいよ」

予想した通りに繰り出された滑稽な台詞に、

「はあい」

と、可愛い声で返事をして、さっさと立ち上がった。

男はローションでベタベタのままベッドの端に腰掛けて、タバコを吸い始める。

理不尽だ。本番できると思ったのに。せっかく高い金を払ったのに。デリヘル嬢は、おれを気持ち良くさせるのが仕事なのに。

俯いた男の肩から、無言の恨み節が聞こえてくる。

その様子はどこまでも滑稽だったので、わたしは笑わないように注意しなければならなかった。

薄暗い密室の中で、男が次に取る行動が暴力でない保証は、どこにもないのだから。

 

ああ、早くアラームが鳴りますように。